空海、最澄。やっぱり、延暦寺に行こう!
私は、新幹線の中で、静かなるドンを横目で見ながら、ダイアナと地雷のことを想い、時々、空海の事を考えた。

空海・弘法大師といえば、日本の仏教会のスーパースターと云えるのではないだろうか?

けれども昔の人すぎて、どういう人だかは、よくわからない。司馬遼太郎の「空海の風景」という小説を読んだことがあったが、やはり、どちらかと云えば「風景」的である。「竜馬がゆく」のように人物が躍動的に描かれるというよりは、静謐な感が強かったと記憶している。

空海の風景〈上〉 (中公文庫)
空海の風景〈上〉 (中公文庫)
司馬 遼太郎

それ以外だと、夢枕獏の「魔獣狩り」という小説。ミイラになった空海にサイコ・ダイブするというSFで、こちらは、破壊的で狂暴な話だった。確か読んだのは今から25年位前であろうか。遥か彼方の昔のことである。

魔獣狩り〈淫楽編〉 (ノン・ポシェット―サイコダイバー・シリーズ)
魔獣狩り〈淫楽編〉 (ノン・ポシェット―サイコダイバー・シリーズ)
夢枕 獏


そんな風に、色々と想いをめぐらすうち、列車は京都駅に到着。

実は、京都からどうやって延暦寺に行くのか、よくわかっていない。

もちろん、事前に軽く調べてみたのだが、どうも要領を得なかったのだ。京都からさほど遠くないことはわかったので、到着してから聞いても問題にはなるまい、とタカをくくっていた。

京都駅に着くと、駅員にここから比叡山に行くベストの方法を聞き「比叡山坂本」に行く列車を教えてもらい乗り込む。

比叡山坂本駅に着くと、また駅員に「延暦寺」への行きかたを教えてもらう。バスでケーブル乗り場まで行くのがよさそうなので、バスを待つ。

昼飯時でもあったが、電車の中でパンも食べたし、駅前の食堂もイマイチパッとせず、食べる気にはならない。

メチャクチャ暑くてめげそうであったが、バスが出るまで少し時間がある。何もしないのもなんなので、それまでの間、駅の近所の散歩を始めた。

すると、銅像が眼に入った。



おお、これが空海か、と思い近寄ると若き日の「最澄」と書いていある。

最澄は、空海と同時期に唐に渡った人である。その位は知っている。

ふーん、「最澄か・・」と、何となく、不思議に思ったものの、その後、バスに乗りケーブル駅まで向かう。

バスは緩やかな登り道を、ゆっくりと進む。

バスに揺られ、目の前の景色も揺れる。揺れながら、なんでだろー、なんでだろー、と思う。最澄のことが、ひっかかるのだ。なんで、最澄の銅像が、比叡山にあるんだ? 

空海じゃ、なかったんだっけ・・・? アレ?アレ?アレ? とそのうち、頭の中が揺れてきた。

ひょっとして、空海は比叡山では、ないんじゃないか?

もし、空海じゃないとすれば、空海は、どこの山だ? どこだっけ、どこだっけ、と考えるうち、

そうだ!、高野山だ、

と漸く思い出した。

私は、いつの間にやら比叡山を空海の山だと思っていた。空海は、高野山である。この当たり前のことを勘違いしていたのである。

しまった! と思ったが後の祭り。バスは比叡山に向かっている。

高野山ってどこにあるんだっけ、と思い、そこに行くべきでは、と迷う。

延暦寺は目前に迫り、一方の高野山はどこにあるのかわからない。

この期に及んで、予定変更というのもどうかと、私は落ち着きをとりもどし、心の体制を整え直す。

人間アキラメが肝心。

空海の延暦寺へ、という想いだったのを、最澄の延暦寺へ、という想いへ方向転換。

はた目からは、私のココロの方向転換は、全然わからないかもしれないが、それなりに大決断であった。

バスは間もなくケーブル駅に到着しようとしていた。

to be continued...


written by everfield

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